天は我に味方せり?

ラグビーとかクイズとか三国志とか適当に

1年間、おつかれさま。そして、ありがとう。

 20日、第45回大学ラグビー選手権で熊谷まで行ってきた。

 ひょっとしたら席が埋まるかも?ということで7時過ぎに家を出て馬場→池袋と出て湘南新宿ラインで熊谷へ。駅で扉が開いた時に強烈な冷気が足元に入り込んできたのが印象的だった。

 熊谷には9時30分過ぎには到着。チケットを頼んだ人は7〜8人で車で来るとのことだが熊谷駅で連絡をとるとまだ熊谷市内に入ったばかりだとのこと。10時に出る最初の臨時バスに乗って熊谷ラグビー場へ。10時30分頃に車で来た観戦仲間の人たちと合流。今回はメイン席を取ったということなのでメイン席で観戦。

 この日、熊谷では2試合組まれていた。第1試合は法政ー立命館。第2試合が関東学院ー早稲田。まさか関東学院ー早稲田が1回戦であたるとはほとんどの人が予想しなかったのではないだろうか

 大分時間も経ってしまったので試合の流れは省略してまず結果を。



〔第45回全国大学ラグビー選手権 1回戦〕

関東学院 5−21 早稲田



 一言でいうと、早稲田には必死さが伝わってきた。関東学院にはそれが伝わってこなかった。まるで早稲田は関東学院に勝てさえすればそれでいい―――そんな感じさえ伝わってきた。関東学院も土佐キャプテンや設楽バイスキャプテンが中心となって頑張ったが力及ばずに敗れた。

 この試合で初めてスタメンに起用された選手がいる。SO田瀬慎之介選手(4年/山形中央)である。自分が初めて彼を見たのは06年の春のオープン戦の時期だった。田瀬選手はまだ2年生で、そのときはBかCチームのSOだったと思うのだが、その日見たSOの中ではタックルによくいったり、ボールを持ったらしゃにむに前に行くアグレッシブなプレーで印象に残った。そのときの正SOは藤井亮太選手(現ブレイブルーパス)だったのだが、どこかで田瀬選手が公式戦に出てくれいないものか、と感じていた。
 
 その後怪我もあってなかなかAに定着しなかったが、今シーズン後半あたりからリザーブで名前を見ることが多くなった。日大戦では後半から出場して前半劣勢だったのを見事にひっくり返して逆転勝利の立役者になった、という話も聞いた。

 今回は先発で80分間、一時交代もなくつとめあげた。結果は負けてしまったが、アグレッシブなプレーは健在だった。前半はキックも交えて巧みにラインを上げるのにも成功した。後半はほとんどパスで一本調子になったしまったが、これは経験のなさというものか。それでもいきなり早稲田という状況の中、本当に頑張ったと思う。社会人になってもぜひプレーをしてほしいものである。

 

 試合が終わり、土佐キャプテンの目は赤くなっていた。それでも、グラウンドにいる間は涙を見せることはせず、立派にキャプテンのしての務めをはたした。

 今シーズンは昨季の大麻事件の影響を受けてのスタートだった。チームが1つになかなかまとまらず、土佐キャプテン自身も大変だっただろうと思う。腰や膝が万全でないと思われる中でリーグ戦に出場したのが良かったのか悪かったのか、それは一言ではいえない。しかし1つ言えることはキャプテンが体を張ったからこそチームがまとまるということもある、ということ。そういう意味ではリーグ戦に出るという判断は間違っているとはいえない。

 ファンもそうだが、監督をはじめとして選手やスタッフの人は大変な1年だったと思う。いろいろな意味で注目される中、チームをまとめ、1年間引っ張ってきた土佐キャプテンや設楽バイスキャプテンには拍手をおくりたい。ぜひ、社会人でもこの経験を糧にしてまた活躍してほしいものである。

 正直、今年1年見てきてチームに対しても、大学に対しても言いたいことはある。ただ、シーズンが終わった今は自分の中にしまっておく。中身はおそらく今までと同じなのだろうが。

 最後に、この言葉を贈りたい。

 

 「俺たちのKGU、俺たちの関東学院」へ。

 「1年間、おつかれさま。そして、ありがとう」